アブストラクト
『マルテの手記』の第三部は、その最終部として新たな展開を見せ、総合へと向かう。 本稿第8章では主に第49節のニコライ・クスミチュの挿話を取り上げ、その語り口の新しさを確認 し、第9章では歴史上の人物記という異質な素材がどのような形で「手記」の中に挿入されるかに 注目しつつ、第54,55節のオトレピョフとシャルル豪胆公の挿話を読む。第10章では『手記』 後半部で重要な位置を占める愛のテーマについて考察する。マルテの唱える理想の愛とは、他者を 拒絶する愛であり、それは必然的に人間的なものの範疇を越えて、神へと向かう愛である。
(Libra vol.1, pp.65-87, 1999)